ご縁をいただけなかった時の親の気持ちの着地点



先日の記事で、小学校受験で不合格となってしまった時の子供の心の痛みについて書きました。


今回は親の気持ちの着地点について書いてみたいと思います。



後悔と行き場のない思い


いろんな日々が思い出されます。





これまで毎日、筆記試験のためにプリントを準備して子供の横に常に付いて問題文を読み、


解説をし、励ましてきた日々。


巧緻性やマナーの取り組みで、完成度を上げるために細かいところまで注意しながら、お説教になら


ないよう言葉を選んで共に取り組んできた日々。


行動観察での課題がうまくいかず、くま歩きやボールつき、なわとびなど、時には一緒になって体の動きで


伝えてきた日々。


自分自身の受験よりも完全燃焼したかも、と思えるほど家事その他の時間を精一杯やりくりしながら、過ごしてきた日々。


全員合格するわけではないことを十分知りながら、受験したはずだったけれど、いざ自分の身に


ふりかかると、子供に申し訳ない気持ちと、何がいけなかったのか分からないぶつけようのない


気持ちと、親子して否定されたような気持ちと、合格した方々とどう違うのか


自問自答する気持ち・・・。いろんな気持ちにつぶされてしまい、日常の家事・育児さえも「これまで


どうやってたんだっけ?」と思うくらい自分を取り戻せないでいたりしますよね。


親の気持ちの着地点


子供と違って、1週間ほどで気持ちがスッキリ切り替わるなんてことは、私はありませんでした。


(私の場合は小学校受験ではなく、幼稚園の抽選でハズれてしまった時の経験ですが。)


上に書いたような気持ちがグルグルと自分をとりまき、表面上笑顔ではいるものの、


気分転換をどんなにはかろうと、気持ちは晴れませんでしたし、合格したお友達から年賀状をいただいても、


素直な気持ちで見ることが出来ませんでした。


どこまでひきずり、何をきっかけに晴れたかと申しますと、丸1年はひきずり、小学校受験の塾の話が幼稚園で


チラホラ聞こえ始めた頃に「もう次のステップが近づいてきているんだぁ」と思い、今度こそ後で自分を責めなくていいように、


幼稚園行事も、降園後の遊びも、受験の取り組みも、可能な限り最大限に取り組んで、



(私にとっては願掛けのようなものですね)


心から「晴れた!」と思えたのは、小学校の入学式でした。


時が解決なんてしなかったですね・・・。やはり「これでよかった」と思える着地点へ着いた時に


初めて気持ちが晴れるんだと思います。


「これでよかった」と思える着地点は人それぞれ。


過去の私と同じ思いでこの記事を読んでくださっている方が、その着地点に少しでも早くたどり着き、


気持ちが晴れることを願っています。



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